那須三十三観音霊場八番札所、三光寺の本堂です
日本三所聖天(妻沼、浅草、芦野)のひとつに数えられる縁結びの寺

毘沙門天 三光寺

宥徳上人の中興開山と伝えられる。日本3聖天の1つ

日本三所聖天(妻沼、浅草、芦野)のひとつ!

ご本尊は歓喜天(聖天)です。那須三十三観音8番札所にもなっております。札所本尊でもあるもこちらに安置されています。また八溝七福神の毘沙門天は本堂右側に祭壇があり、そちらに奉安されています。
三光寺の創建は弘仁9年(818年)の疫病蔓延の際に弘法大師が勅命を奉じ、一木三体の歓喜天像を彫り、その三体(他二体は熊谷の妻沼、浅草の待乳山)のうちの一体を応永年間に宥覚上人(当時三光寺住職)が勧請したと伝えられています。上記のことからこちらは「日本三所聖天」の一つとされています。

八溝七福神巡り
御朱印受付時間
8:00〜16:00
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サイト          無し


寺

聖天は親しみを込め聖天様と呼ばれている三光寺
真言宗台明山 三光寺は地元から親しみを込め聖天様と呼ばれており、古くから地域の信仰が厚いお寺です。 日本三所聖天として著名な寺でもあります。
本堂の天井絵は高岡梧陽(1849~1917)作といわれており、高岡梧陽は黒羽(現大田原市)出身の画家で同寺には、松平定信の筆による(聖天)(那須町指定文化財)の書である。

●三光寺(高野山真言宗)の沿革について●
いつの時代に、だれが、どのような目的で、開山したのかはっきりわかっていません。
確かなことは、現在が数えて六十四代住職であるということです。
本尊は歓喜天(聖天 ガネイシャ)であります。秘中の秘仏です。
日本三所聖天のひとつに数えられています。
他のふたつは、〝東京浅草待乳山聖天〟〝埼玉妻沼聖天〟であります。
そもそも、日本三所聖天の御縁起は、弘仁九年、818年、人皇五十二代嵯峨天皇の 勅名によって弘法大師空海が、三体の聖天像を作り、後年別れてそれぞれの安置寺院が日本三所と称されることに由来します。
その一体が 紆余曲折を経て應永元年 1391年、当時の住持、宥覚上人の時
当山本尊として迎えられました。
遡ること二百三十年前、天明八年 1778年、白河城主、松平定信公が江戸幕府老中主座(現在の総理大臣に当たる)に就任し、当本尊聖天に祈願し「寛政の改革」を成就したことは有名であります。その御礼として、定信公直筆の〝扁額〟〝絹本掛け軸〟等が奉納され、文化財、寺宝となっております。

 

寺

毘沙門天

よろい、かぶとに身を包み左手に持っている宝塔より無量の宝物を衆生に与えて福徳を授け、右手の鉾は邪を払い魔を降す徳を示します。
歓喜天尊の協力神として永久に働き続けるのですが、切実に心を求める時代に即応し本来の尊体を現され無量の知恵と財宝はもとより諸願成就の天尊とされています。
御真言:おんべいしたらまんだや、そわか

●三光寺の毘沙門天●
三光寺、聖天堂内に安置されている毘沙門天は本尊歓喜天(聖天)の脇仏、本尊をパワーアップする役目であります。
毘沙門天は四天王仏のひとつであり、おそろしい鬼神達を従える、北方(鬼門)の守護神であります。さらに、生涯において常勝無敗を誇って軍神と言われた上杉謙信が自らの守り本尊として信仰を深めたことはご存知のとおりです。
毘沙門天のパワーを人生の勝敗を決する時のエネルギーの源として頂くことができるように参拝をお勧め致します。


 

寺

八溝七福神めぐり
幸せな一年を願って七寺院を巡りをしてみては…
各お守り売り場で御朱印をいただきましょう。
※御朱印受付時間8:30〜16:00
一年を通してお参りいただけます。

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●八溝七福神色紙 1枚 500円
●御朱印各寺院  1枚 200円
●満願色紙    1枚 1900円

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ギャラリー


店舗データ

電  話 0287-74-0054
住  所 栃木県那須町芦野2836
駐車場
敷地内利用可
オフィシャルサイト なし
備 考
 

毘沙門天 三光寺

お車の場合:東北自動車道 那須野塩原I.C 約20km
電車の場合:JR黒田駅から車で15分
毘沙門天 三光寺